<10> 仏の力
  数年前、深川のT和尚さんが、演奏会を企画して下さった。午前中は彼が園長を務める保育園で、午後はお寺の本堂に地域の方を集めて。外は2月の大雪だったが、暖かい雰囲気の演奏会であった。

 その晩はT和尚のお宅にお世話になった。通された部屋の床の間を見ると、なんと馬頭琴が1台飾ってある。お寺に馬頭琴とは珍しい。理由を訪ねると、アジア仏教徒会議がモンゴルで開かれた年に、T和尚が土産として買って持ち帰ったものだそうだ。現地の演奏家に厳選させた名器とのこと。

(c)ぽん田中 ところが、と和尚。この「名器」は全然鳴らないという。楽器を見れば名器というだけあって、当時私が使っていたものより丁寧な作りだ。音が小さいとか、かすれるというのならまだ分かるが、まったく音が出ないとは妙だ。

 不思議に思ったので、床の間から取り出して弾かせてもらうことにした。弓を弦に押し当ててゆっくりと動かす。…すると!大きな音が鳴り響くではないか。それも「名器」と呼ぶにふさわしい深い音色だ。「この2年間誰が弾いてもダメだったのに」と、T和尚は驚きの表情。そして「きっと、この馬頭琴は、君を待っていたのだ」と、私に授けて下さった。(この時、毎年お寺で演奏することを約束した。つい一昨日、5年目の演奏会があった。)

 その数日後に、等々力政彦さん(トゥバ音楽)と私による日本初の喉歌デュオ=タルバガンの最初のアルバムのレコーディングが予定されていたのだが、早速この馬頭琴が活躍した。その後も、色々なライブやレコーディングだけでなく、国際喉歌コンテストでタルバガンがゲスト部門優勝を果した時も、昨年夏にゴビ砂漠の馬頭琴の達人=ネルグイさんと邂逅した時も、この楽器が一緒だった。これは御仏の力なのだろうか。

 とりあえず、音の出ない馬頭琴をお持ちの方は私までご一報を。

嵯峨治彦のおうまさんといっしょ
<10>仏の力
2002/03/15

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