<11> 馬頭琴の弦
  弦楽器を鳴らす「弓」は、一般に細い棒に馬のしっぽの毛の束を張って作る。一方「弦」の方は、ガット、スチール、絹糸、ナイロンなど様々な素材のものがある。馬頭琴の場合、弦も馬のしっぽの毛を100本ほど束ねて作る。つまり馬頭琴は、馬のしっぽ同士をこすり合わせて音を出す楽器なのだ。

 こういう楽器だから、音色も特徴的である。馬頭琴は「草原のチェロ」とも呼ばれるが、もしチェロの音色をクラシックの男性歌手の声に例えるなら、馬頭琴は歌のうまい遊牧民のおじさんのちょっとハスキーな声に近い。ニ胡と比べるとかなり骨太な音だし、弓を当てる場所や力加減によっては、尺八のようにも聞こえる。馬頭琴の音色が持つアジア的な渋さは、日本人に何とも言えない懐かしさを感じさせてくれる。

(c)ぽん田中 かつてモンゴルで馬頭琴の改良が盛んに行われた頃、チェロの弦を張る試みもなされたそうだ。しかし、馬のしっぽ同士をこすり合わせる特有のノイズやかすれた音色こそが馬頭琴らしさの要。結局、弦は従来の毛の束(又は合成繊維の糸の束)に落ち着いて現在に至る。排除すべきものではなく心地良い音色の一部としてノイズをとらえる美意識。これは尺八や三味線の音色を愛してきた我々日本人の感性にも通じるものがある。

 こういう弦の弱点はメンテナンスが面倒なことだ。弾いてるうちに弦全体がねじれたり、爪が引っかかって毛の長さが極端にバラついてくると、ギーギーと不快なノイズが出始める。こんな時は、一度弦をほどきブラッシングして元の状態に戻す。しかし100本の毛の長さを揃えて束ね直すのは実に根気の要る作業だ。本番直前に手間取ったりすると、時計を睨みながらしっぽと格闘するはめになる。自分の髪をブラッシングする時間など無い。…、馬頭琴奏者の寝癖はひとつ大目に見て頂ければ。

嵯峨治彦のおうまさんといっしょ
<11>馬頭琴の弦
2002/03/22

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