<9> ゴビ3〜邂逅
  昨年夏、ゴビ砂漠。風が奏でる馬頭琴の音色を聞いた。その無為自然な美しさは、自分という人間があえて演奏することに疑問を抱かせる程だった。へこんだ。
 その直後、あこがれの馬頭琴奏者ネルグイ氏のゲルで、初対面のセッションが始まった。まず彼の番。時に力強く、時に優しく。気取らない彼の演奏に、ゴビの風が奏でる音色に通じるものを感じた。「ありのままの自分を音色に託せばよい」そう言ってくれたような気がして少し楽になった。

 いよいよ私の番だ。定番の曲を先ず標準的な奏法で弾いた直後、今度は同じフレーズをネルグイ奏法で弾いてみた。彼は少し驚いてからうれしそうに私に微笑んだ。自分の奏法で弾く外国人を、喜んで受け入れてくれたようだった。

(c)ぽん田中 交互に弾いたり、ぶっつけ本番で合奏したり…。数曲で終わらせるはずの初日のセッションは、結局かなり長いジョイントコンサートになってしまった。その間中、ネルグイ氏も私も、我々を取り囲む大勢のモンゴル人も日本人も、みなニコニコしていた。幸福な時間だった。セッションの後、ネルグイ氏が私に言った。「私とお前は兄弟だ。そしてお前は私の演奏の後継者だ。」あまりの嬉しさに返す言葉が見付からなかった。

 ゴビ滞在中、何度も宴会が開かれた。銀の盃に注がれたアルヒ(蒸留酒)が回ってきたら歌を歌ってそれを飲み干す。馬頭琴が伴奏をつけ、皆の知る歌は大合唱だ。近年急速に「芸術化」が進み音楽としての可能性を広げる馬頭琴だが、こうした遊牧生活に根ざした本来の姿は失われないでほしい。

 ネルグイ氏が外国人の私を後継者として認めてくれたのは、もちろん最高にうれしい。しかし背後には、モンゴルの若手たちが舞台芸能以外の馬頭琴を受け継がなくなった悲しい現実がある。

 今年の夏も私はゴビに行く。

嵯峨治彦のおうまさんといっしょ
<8>ゴビ3〜邂逅
2002/03/08

 


ゴビと馬頭琴の旅
〜天才奏者 牧民ネルグイを訪ねて〜

●フォト・レポート
 数々の賞歴に輝くゴビ在住の馬頭琴の名人ネルグイさんは、実際の遊牧生活を続けています。2001年夏、彼の奏でる真の遊牧民の音色を聞いてきました。ゴビの天才奏者と、日本人馬頭琴奏者の邂逅の記録。

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