N-STYLE

ネルグイ奏法について

のどうたの会 嵯峨治彦

 そう(※1)いう(※2)わけ(※3)で、ネルグイ氏の奏法は、色々なことを教えてくれるわけだが、ここではその「ネルグイ奏法」の特徴的な部分を、近年確立された「標準奏法」と比較しながら簡単に説明する。ちょっとマニアックかな。

 ■親指
 ・標準奏法:内弦のハーモニクスにのみ使用
 ・ネルグイ奏法:内弦の実音に多用。
  ちなみにダギーランス氏(椎名誠監督作品・映画「白い馬」に老馬頭琴奏者役でも登場)も親指を同様に使っているのを目撃。もしかしたらこの弾き方は「標準奏法」には採用されなかったものの、草原ではわりと広く用いられる奏法なのかも知れない。

 ■人差し指
 ・標準奏法:爪の付け根で弦を押さえる
 ・ネルグイ奏法:外弦は爪の付け根で、内弦は指先で弦を押さえる

 ■中指
 ・標準奏法:爪の付け根で弦を押さえる
 ・ネルグイ奏法:指先で弦を押さえる
  高音弦第2ポジションで早いフレーズを弾くときなど、こちらの方が明らかに合理的。

 ■薬指
 ・標準奏法:内弦を押さえるときは、外弦を上から飛び越えてから
 ・ネルグイ奏法:内弦を押さえるときは、フレーズによっては外弦の下をくぐってから(つまり、標準奏法の小指のよう。)

 

(※1)近代的な馬頭琴
 二十世紀半ばからモリン・ホールは、楽器の改良、奏法の統一、技巧的な楽曲の登場、音楽的専門教育、幼少からの英才教育等々、クラッシク指向の「発展」と共に民俗音楽から芸術音楽へと移行し、新たな表現の可能性を広げてきている。また、活躍する名演奏家達の外国公演やアルバム等を通じて、この楽器は世界へと進出している。
 近代モリン・ホールには、大きく分けてモンゴル国流、内モンゴル自治区流の二つの流派がある。それぞれ楽器本体と奏法に違いが見られる。両者は、互いに好影響を及ぼしあっている。その反面、一方の長所は他方から見ると短所とも映るようだ。例えば、内モンゴル馬頭琴のきらびやかな音色を、「外モンゴル馬頭琴の持つ欠点を改良したものだ」と肯定的にとらえたり、「漢民族の影響を受けすぎてもう馬頭琴じゃない」と否定的にとらえたり。どちらの記述も結局はありがちで不毛な議論に陥るだけ。それぞれを異なる価値観を持った音楽体系と理解しておきたい。

(※2)オラン・サイハンチ
 これら近代二派に属さない演奏家たちもいる。「オラン・サイハンチ」と呼ばれる専門教育を受けていない牧民芸術家達だ。彼等の中には国家的勲章受賞者さえいて、芸術家としての尊敬を集めているし、専門教育を受けた演奏家達が教えを請いに訪ねて来る事もある。彼等の演奏は「近代的」モリン・ホールを聴きなれた耳には初め戸惑いを感じさせるかもしれない。しかし、その音色には遊牧民が暮らしの中で奏で受け継いできた愛すべき素朴さや渋い味わいが溢れており、地域や個人による音楽的多様性とルーツ・ミュージック的力強さを保持している。国外での公演やCD等で聴くことはほとんど出来ない。

(※3)ついでに言うと
 「内馬と外馬」とか、「専業芸術家とオラン・サイハンチ」とか、何かと対立させながら説明してはいるが、これは決して「どっちが良い」とか「どっちが正しい」とか言っているのではない。やはり大事なのはそれぞれの特徴を知ることと、それらの関係性を理解することだと思うなぁ。

 

●拡張ネルグイ奏法
 さらにマニアックな話になるが、ネルグイ奏法を応用することで、馬頭琴特有の重音表現(※)を、通常の1オクターブ上でも演奏できることがわかった(2003年4月)。いろいろ試してみたが、標準奏法はこの点では応用しにくかった。ネルグイ奏法特有の運指に内在する合理性を改めて認識した。今年のネルグイ・ツアーでセッションするのが楽しみだ。

(※)馬頭琴特有の重音表現
 馬頭琴で単音のメロディを奏でるときは、低音部分ではチェロを思わせる音色を出すことがあるし、高音部分ではポルタメント多めだと中国の二胡っぽい雰囲気にもなる。しかし、2弦を同時にならしながら協・不協和音をめまぐるしく入れ替える重音の演奏は、他の楽器にはあまりみられない非常に馬頭琴らしい表現になる。第1ポジションで弾く「ジョノン・ハル」等の「馬の走り」系独奏曲や、「ビエルゲー」、はたまた第2ポジションの「ハーモニクス奏法」などがその代表。(嵯峨の個人的な意見だが、馬頭琴の未来はやはりこの辺の奏法の開拓にかかっているんじゃないだろうか?)

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