●ミジディーン・ドプチン

 西モンゴルの芸能は、ホーミーやビエルゲーなど独特のカラーがある。今日の演奏者ドプチンさんはその西モンゴル・ホブドのご出身。今回登場する演奏家の中では最年長の66才。

 西村さんがフィールドワークで収録したドプチンさんの演奏をビデオで見せてもらったことがあるが、実にすばらしい音楽だった。トゥバの擦弦楽器イギルにも共通する、ハーモニクスを多用する奏法は、一般的な馬頭琴の奏法とはかなり印象が違う。個人的には今回一番期待していた演奏家である。

さて、プロフィールだが、
・1939年 西モンゴル・ホブド県に生まれる。今年65歳。(別の某資料には38年生まれと。。。)
・7〜8才の時に「イケル」を始める。イケルは、馬頭琴の直接のご先祖。ただし、この当時馬頭はなし。龍の頭がついていたものはあったらしい。(そう、「馬頭琴」に馬頭が普通に着くようになったのは、実はつい最近のことなのだ。中には馬頭琴が紀元前から存在するなんて情報もあるようだが・・・さすがにそこまでいくとメルヘン・ホール、馬頭琴とは全く違う楽器だろうね。この辺の歴史はタルバガンの等々力さんがとてもよく調べている。)
・北極星勲章(モンゴル文化省最高位)受章
・1969モンゴル国文化功労賞
・1989ガビヤット(人間国宝)に指定
・ホブド歌劇場名誉教授

というゴージャスな経歴。そのほかモンゴルのTV馬頭琴教室の講師もしたことがあるそうだし、西モンゴルの曲がいっぱい収録されている教科書(右の写真)も書いている。

 今回のライブでは、録音および写真撮影は不許可だった。ココに掲載されている彼の写真は、西村さんのビデオ資料のものである。ちなみに、今回のライブの衣装は紫色のデールに大きく模様がついている美しいものだった。

 ドプチンの演奏会は馬頭琴の5度チューニングのナンバーから始まった。

■「アルタイ・マクタール」
■「オイラトのタッタラガ」
■「タフマー」
 ドゥルブドのビエルゲー
■「ドゥルブドに伝わる物語」
 ちょっと戯れ唄風。

ここで4度チューニングに変更。(以下基本的には4度。メモしなかったが時々5度にもしてた)

■「エービ川の伝説の曲」
■「約束しよう」
 ドゥルブドの笑い話の曲
■「フレン・ジョロー」
■「ジャラム・ハル」
■「なまけものだとサ」
 ザハチンの唄。よこちゃんに以前教えてもらっていた曲だが、唄付きは初めて聞いた。トゥバっぽい。西なんだなぁ。
■「ウーレン・ボル」
 こういう新しいスタンダードもしっかり弾いてくれる訳なんだが、このテの早弾きの曲では、最近の若手みたいにはテンポをあげない。それでもものすごいグルーブのある迫力の演奏。聞いていると自然に体が揺れてしまう。うーん、老獪。
■「モンゴルの歌 2曲」
■「ザハチンの舞曲」
■「イケルのメロディ」
 パーカッション的な演奏。格好良かった。
■「トルゴートの笑い話の曲」
■「サチロール」
 ドプチンのオリジナル曲。素晴らしい。
■「2本の馬の尻尾の毛」
 馬頭琴のコトね。
■「イケルで遊ぼう」
 イケルを弾いて遊んでるような曲。この日はやらなかったけど、楽器のボディをブーツに載せて左右に揺らすアクションを伴うときがあるそうな。イギルの先端をブーツに突っ込むのを彷彿とさせる。
■「たった一人の道行き」
 独身の暮らしをテーマにしてるそうだが、なんか、すっごいアバンギャルドなアプローチの曲だった。内モンゴルのサントルン作曲「オルドスの春」には2弦とも押さえて3度の和音を多用するパートが出てくるが、これもそういう感じで3度和音が始まった・・・んだけど、美しくまとめるサントルンの作品に対して、この曲は3度和音がどんどん壊れていったり、パチパチ音をだすように弓と弦を当てたりと、ずいぶんやんちゃに展開。これをいぶし銀の演奏家がやるもんだから、もう泣けるほど格好良かった。
■「ボーエルガン・シャリン・ドモグ」
 外モンゴルでよくやるラクダの走る曲の原曲。ドプチンのオリジナルなのだねぇ。
 ラクダの鳴き声の後、テンポがアップするわけだが、そのパートでお得意のハーモニクスギラギラ奏法になる。この点において、他の多くの演奏家は作曲者の意図を理解していないのかもしれない。
■「バルチン・ヘール」
 バルチンの赤紫色の馬。美しい馬を、酒におぼれて手放したバルチンの後悔と悲しみを歌う。


若き日のドプチン氏

〜彼の教科書の裏表紙にあるプロフィール写真。革張りの馬頭琴みたい。

今回のライブの衣装も、こんな感じの大きな模様のデールだった。また、ライブで使った楽器は表面板が木製でサウンドホールも開いており、バイガルジャフ制ではないかと思った。

 弓は人差し指の指先を木に当て、尻尾の毛には、中指、薬指それぞれの第2関節と小指の先端を当てていた。
弓が弦の上をジャンプする独特の運弓がある。聞いたこともないリズムが生まれる。

 左手の使い方も面白い。まず第1ポジションの内弦を小指で弾くとき、小指が外弦の「上から」到達すること。第2・第3ポジションの内弦は、小指はフツーに外弦の「下から」到達していたので、場所によって使い分けてるのだと思う。あと、彼は第3ポジションの外弦も多用していた。この辺の音は、第2ポジションの内弦と音域が重なっているため、ふつうは内弦を使って弾くわけだが、彼のように華麗なる倍音に彩られた演奏をする場合、外弦のハイポジションは特別な意味を持つのだった。

 なりふりかまわず最前列に座って聞かせていただいたんだが・・・。いやぁ、もう完全にノックアウトされてしままった。鳥肌立ちっぱなし。馬齢10年の若輩者ゆえ圧倒されたのは当然ですが、圧倒的すぎて嬉しくってしょうがない。音楽の素晴らしさにウハウハ状態で笑いが止まらない。いやー、この人すごい!

 若手の「綺麗な」演奏とは一線を画する、コテコテの「ジジイ弾き」(←これは熟練したフィドラーに贈る最大級の賛辞のつもり。もう彼は西のジジイの大横綱!と言える)。何よりも彼のアーティストパワーは圧巻だった。しかも、客を煙に巻くような自己主張もなく、全体的に上品な風格が漂う。こんなすごい演奏家が日本には全然紹介されてないなんて、モンゴルでさえ同様のスタイルの若手が全然出てこないなんて(←僕が知らないだけかも。お弟子さんはいるそうだから)、馬頭琴の世界ってまだまだ未知のことが多すぎる・・・。

 ドプチンさんの演奏に特徴的な、倍音のきらめきの強調や、和音と不協和音を行ったり来たりしながら出すリズムは、個人的に馬頭琴の一番面白いところだと思っているし、ネルグイさんを初めその辺の面白さを感じさせてくれる演奏家のサウンドは大好きだ。馬頭琴は、メロディ楽器として音色や表現に大きな特徴を持っているが、単なる弾きやすさや音の抜け具合では、やはり二胡には叶わないだろうし、さらにチェロやバイオリンには完全に置いて行かれてる。もちろんこういう弾きにくい楽器で早弾きするという職人技的なアプローチもあるんだが、弾きやすくてカッコ良い馬頭琴ならではのサウンドが、なぜか馬頭琴近代化の中でちょっとおろそかにされてきたのではないかという気がする。「ビエルゲー」や「ジョノン・ハル」にみられるような、2弦重音から生まれる重厚なサウンドにこそ、音楽的なフロンティアがあると思うんだが。。。極端な話だが、馬頭琴を口琴やディジュの一種と見なすほど思い切った発想があっても良いだろう。そしてその時トゥバのイギルは大きなヒントを与えてくれるだろう。

 さてさて、ちょっと小柄なご老体のドプチンさんは、演奏時に見せる表情がまた良い。戯れ歌を馬頭琴で弾き語った時なんて、楽しそうで柔和な笑顔のチャーミングな事といったらなかった。同時に、まるで上方落語の大御所の笑顔のように、その笑顔の奥に底知れぬ老獪さも感じられてゾッとさせられもし、、、。といういわけで、彼はまさに魔術師。この際だったオリジナリティと音楽性を持つ魔術師の演奏を、ぜひまたライブで聴いてみたいものだ。

 しゃがぁから彼の演奏のCD、DVDが出るらしい。期待して待とうではありませんか。

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嵯峨治彦
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