●ツェレンドルジ
最終日(8/4)はツェレンドルジ(65)の登場。お名前と写真、そして演奏しているご様子は、本やらテレビやらで何回か見たことがあると思うんだが、具体的には馬頭琴弾き語りのマクタール(賛歌)・ユルール(祝詞)の名手である、ということ以外はほとんど何も知らなかった。そういう、ある意味ではノーマークな演奏家だったのだが・・・、いやぁ、彼もまた実に素晴らしいライブをしてくれた。最終日を飾るにふさわしい名演奏であった。お見事!プロフィールとしてはこんな感じ。
・1940年、ゴビ生まれ
・モンゴル国立大学文学部卒
・言語学博士
・25才から賛歌の作詞作曲を始める
・ガビヤット(人間国宝)
・ブリヤートの馬頭琴普及にも努める
・現在はウランバートルに暮らすちなみに彼は、モンゴルの1年を始める馬頭琴を弾いているそうだ。つまり、正月の午の刻、ツェレンドルジの馬頭琴がTVで放送されるのだそうだ。大御所なんだなぁ。
一緒に息子と娘が来ていたが、息子のソヨルエルデネは馬頭琴奏者で、日本に留学して三味線を学んだりしているという。そのためか、ツェレンドルジご自身も、日本人が馬頭琴をやることを好意的にとらえているようだった。
ライブ前の夕食の席でツェレンドルジ親子と同席したんだが、ツェレンドルジは、目鼻立ちがハッキリしていて俳優の萩○健一によく似ている男前。日本語が分からないのをいいことに「いやぁショーケンに似てるよねー」なんて日本人同士で話してたんだが、実は娘と息子は日本語が少し分かるそうだ。ありゃりゃ。「ショーケン」って単語知ってるかなぁ。
さて、彼もまた完全なソロライブはほとんど初めてのことだそうだ。それで今日は念入りに用意した珠玉のレパートリーを丁寧に聞かせて頂けるのだった。 (ライブ中の撮影・録音は不許可だった。)
■「ゴビ賛歌」
1964年に南ゴビの文化会館で作った曲を、馬頭琴の弾き語り。
このゴビ賛歌はネルグイさんも良く歌うし、僕も日本語版を作ってライブでやってるんだけど、なんとこの曲を作ったのはこの人だったのか!渋くて深い良い声である。演奏中の顔の表情の付け方などは、社会主義時代のミュージシャンという感じで、大舞台でも映える感じ。威風堂々。
ちなみに左手の指使いはネルグイ奏法と同じく、親指多用、薬指が外弦をくぐる。ライブの後で質問したところ、昔はこうやって弾くのはめずらしくなかったようだし、彼自身も「これは弾きやすい」と言っていた。今回出演できなかったダギーランス(中央ゴビ)も同様に弾いていたし、西村さんの持っているある別の遊牧民馬頭琴奏者の写真にもこの弾き方が見られる。弾き語りをする上で弾きやすく、また独特のノリが出せるこの奏法、もしかしたら馬頭琴が近代化する過程で「メロディ楽器」的な側面が偏重されるあまり、結果的に見落とされてしまったのだろうか。
■「英雄叙事詩」
トプショールをはじきながら素の声とハルヒラー(モンゴルの重低音喉歌)で歌う。
これもライブ終了後に聞いたんだが、ゴビにはハルヒラー等喉歌はもともとないそうだ。余談になるが、彼のトプショールにはビックリ!
楕円形のボディで、革張りの表面板なんだが、その革の縁を、アルハン模様がぐるりと取り囲んでいる。(下・左) これって愛用しているラーメン・トプショール(下・右)に激似じゃないか!( おうまさんといっしょ 「<13>ラーメン食べたい」参照 )
嘘から出た誠っちゅうか、なんちゅうか、本中華・・・。いやー一人で興奮してしまいました。
ほほう。ショーケン → マカロニ → パスタ → 麺類 → ラーメンってわけか。なるほど。だがな、これだけは言っておく。やはり麺はちぢれ麺、縁取るならドンブリだぜ。
■「ジョノン・ハル〜弾き語り」
いやぁ、コレが聞けるなんてうれしかったなぁ!馬頭琴の定番曲「ジョノン・ハル」は、もともと馬頭琴を弾きながら馬頭琴誕生説話を語るわけなんだが、僕は今までダギーランスの若い頃の録音でしか聞いたことがなかった。今回ダギーランスが体調不良で来られなくなったから、もうあきらめていたのだが、まさかツェレンドルジがやってくれるとは!素晴らしいパフォーマンスでした。フルでやると8分ぐらいになるからと、すこし短縮してくれたんだが、もう全然フルでやってくれれば良いのにと思った。■「口琴ソロ」
あまりに音がよい金属口琴だったので後で聞いてみたら、やはりサハのものだった。■「ジョノン・ハル〜器楽曲」
馬頭琴ソロも良かった。■「ニシムラを讃える歌」
ホーチル(四胡)の弾き語りで、個人を讃える歌を。だれか観客の中から選んで、その方を讃えようということになったが、せっかく選ばれたI川さんが「私なんて褒めるところないですから〜(笑)」とご辞退されたので、急遽代役としてニシムラさんが讃えられることに。
頭韻を踏みながら即興的に歌詞を連ねて歌っていく。歌詞は理解できなかったが、ニシムラのNにかけてニッポンという言葉が出てきたのは分かった。モンゴル語で日本のことは普通「ヤポン」と呼ぶので、頭韻を重視している作詞が見て取れた。
曲の途中から、日本人の観客がくすくすと笑い出す。もしかしたらツェレンドルジは、自分の歌詞を日本人が理解しながら聴いていると思ったのかもしれないが・・・実は途中から、なぜか讃えるのがニシムラでなくナカムラに変わってしまったのだ。曲が終わったときは大爆笑。西村さんがそのことをツェレンドルジに伝えると、彼も大笑い。そして、3回間違えたはずだからと、律儀に3回「ニシムラ」を讃えなおしたのだった。ナイス!■「アイラグ(馬乳酒)作りの祝詞」
完全なアカペラ。彼の馬頭琴は、馬頭の後に青いハダック(聖なる布)が垂らしてあるのだが、それを取り外して両手に持ち、祝詞をあげた。次から次と言葉が流れ、モンゴル語はわかんなかったけど、頭韻がリズミカルで楽しめた。■「駿馬の健闘を讃える祝詞」
馬頭琴を弾きながら、ナーダムの競馬大会のトップ5位までが表彰されるときの祝詞。駿馬の健闘を即興的にたたえていく。曲はジョノン風。■「アルタン・ゴビン・マクタール」
そして最後の曲はこれ。なんとこの曲もツェレンドルジのオリジナルだったのだねぇ。1960年から、彼は南ゴビの文化会館で仕事をし始めたのだが、この作品は1962年〜22才の時のもので、彼の処女作だそうだ。
この曲にはいろんな歌詞の変種がある。「ウランバートルの歌」とか、「酒飲みの歌」とか。あと、僕も「ワイルド・キャラバンのテーマ」ってのを作ったことがある。何度もメロディを繰り返して楽しい歌詞をのせていく。ほのぼのしていて、一度聞くと耳に残る良いメロディだ。傑作。故ツォグバトラフも太い声でコレを歌っていたなぁ。おまけとしてメロディの数字譜を一番下に載せておく。ジャスラックには登録してないみたいだから、作曲者への敬意を払いつつ、替え歌を作ってみるのも一興。
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比較的短いライブだったが、馬頭琴、ホーチル(四胡)、トプショール、口琴を使い喉歌と歌を交えるバリエーションに富んだスタイルは、非常に充実しており、全くすんばらしいものだった。馬頭琴の演奏技術はもちろん、それを弾きこなした上で自分の音楽世界をしっかりと表現するツェレンドルジ、見事としか言いようがない。
<おまけだ>
「アルタン・ゴビン・マクタール」 / ツェレンドルジ作曲。
(4/4拍子 低=5. 高=1)
馬頭琴は常に両弦を弾く。メロディは基本的に低音弦で。ラス前ぐらいには高低開放弦を交互にピチカート。お茶目。
面白い歌詞で歌ってナンボの曲です。頭韻フんでオリジナル歌詞を作ってみよう!
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嵯峨治彦
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