●チュルテミーン・バトサイハン

 さて、初日(8/1)を飾る演奏家は、舞台芸術化した現代の馬頭琴の代表的な演奏家=バトサイハン。今回登場する4名の馬頭琴奏者の中で、彼はもっとも「ノーマルな」演奏家だと言えるだろう。

プロフィールは以下の通り。

・1958年、スフバートル県(モンゴル東部)出身。今年47歳になる演奏歴26年の脂ののったベテラン奏者だが、今回登場する4名の馬頭琴奏者の中では一番若い。
・1979年、学校を卒業してプロデビュー。同年、モンゴル国初の馬頭琴コンテストで優勝。
・モンゴル国立歌舞団第一馬頭琴奏者。(1985年に馬頭琴が初めてオーケストラ化した時から)。30ヶ国以上の外国公演。
・愛用の馬頭琴は1969年製。すなわち、木製表面板第一世代。〜この年、ロシアのヤロワという音楽家(バイオリン、チェロ)が、それまで革製だった馬頭琴表面板を木製に改造したそうだ。
 なお、近年外モンゴルでも馬尾毛弦→ナイロン弦の使用者が増加していることを、バトサイハンは音色の点で残念なことだと思っているそうだ。
・1982年、初来日。初めて来日公演した歌舞団の一員(ということは当時国際交流基金のW田さんが招聘?)。以来8回の来日公演。
・1993年、韓国で行われた民間芸能世界大会でグランプリを受賞。
・2003年、モンゴル国を代表する13名+2グループの馬頭琴弾きを集めた集大成的なアルバムが出版されたのだが、そこには彼の「4つのオイラトのウリア」及び、馬頭琴カルテットの「ツェツェク湖のほとりで(名曲!!)」が収録されている。
 ★ちなみこのCDは非売品で、関係者にのみ配布されたというマボロシの逸品。我らがネルグイさんも「ジョノン・ハル」で参加しているし、明日登場するドプチンも参加。・・・いやぁ今回のメンバーってホントすごいんだなぁ。。。

 彼は近代馬頭琴の始祖とも言えるジャムヤン(写真左。1919年生まれ。御歳86にしてお元気、のはず。)の愛弟子。当然弓の持ち方もジャムヤンの教科書の挿し絵そのものといった様子で、人差し指と親指で弓をつまむように持つ。また、弓に張る毛のテンションは、中指、薬指、小指でぐっと張らない限り、たるんでしまうほどに弱い。左手の運指も非常に「スタンダード」だが、薬指と小指を多用。故ツォグバトラフの演奏を思い出す。そういや、体格も似てるし。。。

 ちなみにジャムヤンと言えば、2001年ウランバートル近郊の保養地にご本人を訪ねて馬頭琴についていろいろな話を伺ったことがある。
「速報 ゴビと馬頭琴の旅」〜おまけ2参照>
彼の弟子たちの話になった時、彼が言っていたのは、たくさんの弟子たちが一堂に会するパーティなどで、ジャムヤンが演奏を聴きたい時、直々に指名して演奏をさせるのが、このバトサイハンなんだそうだ。そういう意味でも、バトサイハンの馬頭琴はジャムヤン派の後継者の最右翼とも言えるのではないか。

 以下、バトサイハンのライブ・プログラムは伝統曲、創作曲、クラシック、日本の童謡などを交えた全17曲。本人の解説、および西村さんの日本語訳+解説も含めて、1時間15分。(ベテランの彼だが完全なソロライブはほとんど初めてのことらしい。)黄金色のデールに身を包み、上記の輝かしい経歴をお話になってから、たっぷりと演奏を聴かせてくれたのだった。

 

■「ジョローモリ(側対歩馬)の駆ける様」
 ジョノン・ハル系の馬の走る様子、曲中でオルティン・ドー「広々とした平原」を一回りやってからテンポアップ。嘶いて終わる。
 いやぁ、これが1曲目とは、うれしかった。僕の中では、バトサイハン=この曲だったから。僕が馬頭琴を始めた頃、チ・ボラグやモンゴル国立歌舞団などのキングのCDと並んで、ウランバートルで作られたバトチョローン、そしてバトサイハンのカセットテープをよく聞いていた。バトチョローンに比して荒々しさを感じさせる演奏、音色、雰囲気が印象的だった。ライブで聞くのは今回が初めて。自分が馬頭琴を始めた頃の五里霧中っぷりさえ懐かしく思い出す。じーん。

 ちなみに右の写真はそのカセットのジャケ写。当時のカセットは、本当の生写真がカセットケースに入ってるのがよくあった。演奏前にカセットを持ってるよと彼に言ったら「あの赤いデールのやつか」とちゃんと覚えていた。

■「チュルーゲン」
 美しいスローバラード。チンギス・ハンの映画の劇中曲だそうだ。

■「ガンダン山の花」
 オルティンドー・バージョンとボグンドー・バージョン。

■「アヴェ・マリア」
 コンサート会場には、有料で部外者の入場を認めた。それでヨーロッパの客もいるので、というコメントとともにこの曲。こういう選曲、今や目新しさは感じないなぁ。若干の荒さが馬頭琴らしさをとどめてはいるが。。。良いか悪いかは別にして、最近の若手の方がもっとチェロっぽくは弾くような気もするし。
 以前バトサイハンの演奏で、ピアノをバックにサンサーンスの白鳥を弾いてるのがあったけど、あっちの方がなんか良かった。でも・・・。やっぱチェロで聞きたいよね。

■「4つのオイラト族のウリア(召喚?)」
 5度チューニングで西モンゴル風の演奏。
 演奏の一部で馬頭琴の棹をチェロみたいに肩にかけたのは昔の弾き方を真似たパフォーマンス。(ちなみに、馬頭琴を何も知らずに手探りで始めた一時期、実は僕もそうやって弾いてた。これはこれで「あり」なんだなぁとビックリ。)
 終演後、西モンゴルの舞曲のリズムは、弓の頻繁な往復ではなく、一弓の中での強弱+左手で刻むということも指摘。つまり弓を返して刻むジャリッという音のリズムに、一弓の中の強弱が生むブワッという音のリズムが複合されるというわけ。こういう解説を入れてくれるなんて、うれしいなぁ。
 西モンゴルの馬頭琴を学ぶことは、やはり馬頭琴の表現にいろんな可能性を広げてくれるようだ。

■「心に染み渡ったゴビ」
 曲名は我が心のゴビ、とも訳される。ゆっくりした美しいメロディの部分と、シンコペ多様のアップテンポなパートを行き来する曲。一つの「タッタカ」を、弓2往復で刻む。よくまぁこんなテンポで弾けるなぁ・・・。ちなみに故ツォグバトラフはもうすこし軽い竹製の弓で同様にテンポのある演奏をしていた。ジャムヤン流の弓の持ち方は有利なのだろうか。

■「ジャーハン・シャルガ」
 モンゴルを代表するこのオルティンドーは、彼の故郷、東モンゴルのダリガンガ族の民謡。

■「スンジドマー」
 軽快なボグンドー。

■「ビエルゲーのメドレー」
 ・「ドゥルブド族の戴椀舞踊曲」
  典型的なビエルゲー。ただ、指使いはスタンダードのままで。
 ・「バイト族のタッタラガ」
  タッタラガは「弾く」という意味だけでなく「民族よ集まれ」という意味もあるそうだ。
 ・「ホトン族のタッタラガ」
  16分音符が格好いい。

  それぞれ比較的短い演奏で、すべてくぎって解説をしながら進行してくれたのでわかりやすかった。でも作品としてやるなら、ネルグイさんみたいにメドレーにする方が、ノリが出るし展開もあって面白いと思う。

■「トーロイ・バンデ」
  毎月8日や15日にオボーに行って、昔の「トーロイ・バンデ」(馬賊のような集団?)の英雄たちの名前を呼ぶと、いつの日か彼らのような男らしい男になれる、という伝説。複雑な装飾音を伴うオルティンドー。

■「ヘルレン川の流れ」
 ウランバートル東部を流れるヘルレン川を歌ったハルハ族のオルティンドー。

■「ヘンティの山の上で」
 近代モンゴルの作品として有名な、モンゴル・クラシックのオーケストラ曲のメロディだそうだ。オルティンドー風の明るいメロディのあと、ほのぼのしたボグンドー風の軽快なメロディ、さらにメロウなパートも出てくる展開で、最後にまたほのぼの軽快に終わる。こうしてモンゴルのいろんな風景が描かれる曲で、最初に聞いた時はあまりのほのぼのさ加減にちょっとしたペンタトニック・アレルギーが出たけれども、それがおさまった今となっては自信を持って言える。これは名曲だ。
 思えば、故シンジェーのお気に入りのナンバーでもあった。
 ネルグイさんも好んで良く弾く。ちなみに上富良野ライブの打ち上げに参加したモンゴルの留学生の女の子が、ネルグイさんのこの曲で泣いてた。

■「ウーレン・ボル」
 スフバートル作曲の有名な馬頭琴曲。外モンゴル馬頭琴の運指の練習曲みたいな曲なんだけど、作品としても良くできてる。いろんな人がいろんなアレンジで弾いている。僕が最初に聞いたのは、札幌にバトチョローンが来たときの、ヤッタグ(箏)とヨーチン(揚琴)で伴奏するバージョン。そのコード進行をギターに移して、僕はよくギター伴奏で弾いている。馬頭琴オーケストラ版も聞いたことがあるが、まさにチャンバラ映画のBGMとして秀逸。
 さて、バトサイハンはデビュー当時、この曲の演奏で馬頭琴奏者として有名になり、「バトサイハンのウーレン・ボル」と言われるほどだったそうだ。馬頭琴が新しい時代に進み始めた当時、このリズミカルな曲のもたらした興奮はいかばかりだったろうか。その後さまざまな演奏家が自分のレパートリーにしているこの曲は、彼の演奏が原点だったのだなぁ。
 後半はグッとテンポアップ。すごく速いんだけど、ほんのわずかだがリズムにブレたところがあったた気がする。この辺は後日登場するドプチンさんと対照的だった。(・・・こんなアゲアシを取るようなレポートは本当は好きじゃないのだが、ドプチン・レポートへの伏線をはっておく必要があるので、平にご容赦。)
 ちなみに、早弾きの独奏でこういうふうになるのは、ま、よくあることみたい。外モンゴルでも内モンゴルでも、疾走系の曲のソロ演奏では、曲を通してテンポをキープするよりも、パートごとに可能な最大のテンポで弾く、ということがよくあるように思える(書きよう・・・)。でもね、これは否定的にとらえるコトでもなく、安定と不安定のギリギリのところで演奏を展開すること自体が、とてもスリリングな味を醸し出すことも事実。たとえば、疾走系の曲で最も有名な「馬蹄の轟き(万馬の轟き)」。いろんな演奏家がやってるけど、僕が一番好きなのは、キングの「草原のチェロ」に収録されている、作曲者のチ・ボラクご自身が演奏しているバージョン。アコーディオンのリズムキープに対して馬頭琴のリズムが完全によれている部分もあるんだが、そこがまた、コワレてるようなキレてるような張りつめた感じがあって、本当にカッコイイ。あれをOKテイクにしたセンスにも脱帽する。
 それに。本当の馬が草原を疾走する時、一定のテンポで走るワケがない。地面の状況、勾配によってテンポは変動して当たり前なんだから。

■「ジョノン・ハル」
 西村さんのリクエストで「バトサイハンの」ジョノン・ハルを演奏。その昔、馬頭琴の腕に覚えのあるもの同士が会った時は、「おまえのジョノン・ハルを聞かせてくれ」と言って、オリジナル・アレンジをほどこしたこの曲の演奏を交換したという。そういうこともあって、バトサイハン独自のアレンジを期待して聞いたのだが、どっちかっていうと、ビエルゲー・ライクな短い演奏だった。もっとたくさん聞きたかったけど、今日の1曲目が既にそういう要素を持っていたからかもしれない。

■「ジャラム・ハル」
 たったか たったか たったか たったか たったか たったか ・・・な曲。

■「日本の歌メドレー」
 「ふるさと(x2)」〜「里の秋(x2)」〜「花(x1)」〜「赤とんぼ(x1)」
 何度も来日公演をしている彼なら、やはりこういう選曲は「当然」なんだろうなぁ。観客に歌を歌わせるサービス精神はありがたく頂戴しつつこの「馬頭琴三昧ツアー」の趣旨を考えると、バトサイハンさんはこういう選曲をしてくれて「正解」なのだ。

■「オリハン・ザンボー」
 ラストはオルティンドーでしめてくれた。

 ・・・終演後、彼の控え室ゲルに行った。(っていうか、僕らの寝ゲルを控え室として使ってもらっていた)その時、1969年製の彼の馬頭琴の写真を撮らせてもらっていたら、弾いてヨイという。早速音を出してみた。ゲルの中だったからかも知れないが、最近の馬頭琴に比べると音量的には小さめだが、低音・高音のバランスは良い。本番、あれだけの音量で弾いていたのは彼の演奏が力強いからだろう。表面板を近くでみると何回も修理した後があった。

 昼間隣のゲルで練習してたのを聞かれていたらしく、「君、なんか曲を弾いてみて」と言われたので、ネルグイ・ベースのジョノンハルを短めに弾いてみた。運指の違いに関しては、ちゃんと気づいていたようだが、「なんだ、その指使いは!」とか激怒されるかと思ったら、全然問題なくむしろ好反応。
 別れ際「おかえりの木」と彼の連絡先を交換。今後何らかの展開はあるのだろうか。

 さて、現代の"正統派"外モンゴル馬頭琴の重鎮の一人として、バトサイハンは素晴らしい演奏を披露してくれた。僕が楽器を始めた頃から聞いていた演奏家の一人でもあり、とても感慨深いものがあった。彼の技術、才能はやはり尊敬すべきものがある。

 その一方で、「正統派の馬頭琴」っていったい何だろうかという疑問が浮かんだ。いろいろ考えながら明日からのライブも見ていこうと思う。

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嵯峨治彦
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